日本一周 旅立ち編

東京港のフェリーターミナルから北海道行きの船に乗る。夏の盛りなので、多くのライダーがいる。みんな、どれくらい旅をするのだろう。1週間、それとも2週間。行き先はみんな北海道だけど、旅の期間は様々だろう。俺はこれから日本一周の旅に出る。


大学を卒業して3年間働いた会社を7月20日で辞めた。
日本一周をしたいので休職させてくださいと言ったら、無理だと言われた。まあ、そう言われるのは分かっていたので、迷わずに辞めた。会社に未練がないわけではない。友人もいる。でも、やるなら今しかないと思った。

社会人になるまでバイクは乗っていなかった。親が反対したからだ。子供の頃から興味はあったが、親の反対を押し切ってまで免許を取ったり、バイクを買ったりしようとは思わなかった。親の給料で食べさせてもらっている以上、最低限のルールは守ろうと思っていたし、これからもまだ時間があると思っていたから。
社会人になった1年目の冬に教習所に通い始めた。秋までは自分が仕事に慣れるので精一杯だったが、冬になって少し余裕が出てきたのと、学生時代にやっていたスキーに情熱が持てなくなったので多少時間があったからだ。仕事が終わってからの教習だったので、1ヵ月半かかった。春にバイクを買った。


最初に買ったバイクは、黒のヤマハSRX400だった。
http://www.srx400.co.uk/
単気筒のオンロードバイクでとても乗りやすく、それでいて少しお洒落だった。寒さに関係なく日帰りツーリングも行ったし、温かくなったら泊まりでツーリングにも出かけた。ゴールデンウィークに東北一周もした。とにかく、長距離を乗ることが好きだった。

日常の生活ではバイクには乗らなかった。すでに車があったこともあるが、自分の中では日常は電車か車、非日常の特別な時だけがバイクに乗る時間だと切り分けたかった。バイクが日常になってしまうと、車の間をすり抜けたり強引に追い越したりと、どうしても運転が荒くなってしまう。さすがに社会人になっていたので強い反対はなかったが、明らかに心配している親に余計な不安を与えたくなかったこともある。まあ、親のことも少しは意識したけれど、やはり大きな理由はバイクが日常になることが嫌だったことだ。
ヘルメットをかぶり、あご紐を締める。手袋をしてバイクにまたがり、キーをひねりキックペダルを踏み下ろす。バイクのエンジンに火が入り、マフラーが吼える。さあ、特別な時間だ。


いつから日本一周を意識するようになったのだろう。子供の頃から旅行には良く行く家庭だったし、車の免許を取ってからは家の車で遠くまで行った。学生時代の夏には車で北海道にも行ったし、東北にも行ったし、九州にも行った。もちろん楽しかったけれど、でもどこか物足りなかった。学生の夏休みには時間があったけれどお金がなかったので、旅の期間も10日間ぐらいだった。自分の中の勝手なジャンル分けだが、帰ってくる日が決まっているのが旅行、決まっていないのが旅だと思っていた。学生時代の旅は、財布の中身が期限を決めていた。

社会人になって2年が経過した頃、日本一周を意識するようになった。バイクでの移動なら随分お金を節約できるし、キャンプは元々好きだった。社会人をやっていれば、学生時代よりお金も貯まる。本気で準備を始めた。


まず、キャンプ道具を揃えなおした。一通りのものは持っていたが、どれも車での使用を前提としたものだったので、コンパクトさに欠けていた。テントも小さなものにしたし、シュラフ(寝袋)も買い換えた。ストーブ(コンロ)もホワイトガソリンのものに変えた。全てをコンパクトなものに切り換えた。
次にバイクを変えた。ヤマハのSRX400は大好きなバイクだったが、日本一周をするならオフロードバイクの方が使いやすいと思ったからだ。そもそもオフロードバイクは転倒することを前提に考えられているので、多少こけても壊れにくいし、荷物もたくさん積める。それに乗車姿勢がアップライトで上体が立っているので、疲れにくい。その分スピードは出なくなるが、どうせ急ぐ旅ではない。気持ちよく70kmで走れればいいのだし、高速に乗るなら風圧に耐えればいいだけだ。何より燃費もいい。ガソリン1Lで30kmは走る。
ホンダ XLR BAJA を中古で手に入れた。
http://www.honda.co.jp/news/1989/2891222x.html


それまでは泊まりのツーリングでも宿に泊まっていたので、荷物が少なかったし壊れても自分で直すという発想はなかった。チェーンの調整とか、ワイヤーの調整程度だった。しかし、日本一周をするのならパンクぐらい直せないと話にならない。メンテナンスの本を買って道具を揃えた。もちろん、コンパクトな道具だ。レバーを代えたりキャリアをつけたりして、バイクをツーリング仕様にコツコツ変えた。
最後に有給を使って、新しく買ったバイクに乗って一泊のキャンプツーリングに出た。荷物の重さでバイクの反応が鈍い。慣れが必要だったが毎日走っていればそのうち慣れるさ。


こうして、夢と荷物と少しの不安を載せたバイクを積んだ長距離フェリーが東京港を出航した。ディズニーランドの明かりが綺麗だった。