訳者あとがき

オシムの真実」という本の”訳者あとがき”について、投げっぱなし大暴投のようなエントリーを書いたのですが、盟友であるケットさんから冷静かつ熱い返球をいただいてしまったので、あの”訳者あとがき”について感じることを少し書きたいと思います。


まずは該当の訳者あとがきの印象的な部分を再掲。

しかし、ボン合宿中に私が見たものは「ストイックな戦う男の集団」ではなく、部屋のテレビに日本製のゲーム機が接続できないから困るとか、ドイツの魚は臭みがあるから食べられないとか、「豊かな日本で何の不自由もなく育った若者」そのものでした。

確かに、ドイツでの選手たちのこのような姿勢も惨敗の敗因のひとつなのでしょう。でも、このような選手たちの姿勢が敗因というわけではない。2006年ドイツ大会での日本代表に選ばれた選手たちの中には、2002年の日韓大会でも選ばれている選手も多くいます。そして、2002年の日本代表はやはり内部には多少の問題を抱えていたとしても、2006年の日本代表よりは戦う姿勢も見せていたし、戦う準備もできていたと感じるのです。ドイツ大会よりも4歳も若い同じ選手たちが。


2006年のチームを2002年のチームと比べた時に、

  • マネジメントができる厳しい有能な監督が不在。
  • 地元開催のような強烈なプレッシャーも不在。
  • チーム内にチームをまとめることのできるベテランの不在。
  • チームを下から突き上げできるような若手選手の不在。

これら、チームの活性化や危機管理ができるような、様々な要素が不足していたのだと思います。
その他にも戦うための環境づくりである、喧騒から離れて練習に集中できる環境のグラウンドや、メディアや観客からシャットアウトされてリラックスできる宿舎や、対戦相手に比べ劣るフィジカルを埋めるための戦術や、そんな様々な要因が複雑に絡み合って影響を与え、その結果があの惨敗になった。決して選手が幼いとかハングリー精神が足りないから負けたとか単純なひとつの理由ではないと思います。もちろん監督がダメだったからという理由だけで負けたわけでもなく、全体像を見ることができなかった会長の責めは大きいとはいえ、川淵氏だけが悪いのでもない。いろいろなことが重なってのあの結果だと思います。


北海道の北見市不幸なガス漏れ事故が発生しました。亡くなった方には心からお悔やみ申し上げると共に、入院とや避難をされている方にはお見舞い申し上げます。ガス漏れという事故ですから、直接的な問題は漏れを早期に把握できなかったガス管理会社にあるのでしょう。事故原因の究明はこれから時間をかけて行われると思いますが、このような重大事故につながってしまった要因も決してひとつの原因ではないと思います。考えられるだけでも、

  • ガス漏れ警報があったのに、早期に漏れている場所を特定できなかった検査員
  • 市から引き継いだ老朽化した設備
  • 一酸化炭素を含んだタイプの都市ガスだったこと
  • 北海道の過酷な自然環境
  • ガスの危険性に対する油断

ガス管理会社の過失や責任を問うことは簡単です。でも、原因はひとつだけではない。「早期にガス漏れを発見していたら…」このような重大な事故は防げたのでしょう。でも、万が一ガス漏れしたとしても、ガスが一酸化炭素を含むタイプでなければここまで被害は大きくならなかったかもしれない。また、設備投資に資金が充分投入されていて非金属のガス管が埋設されていればそもそものガス漏れは起こらなかったかもしれないし、積雪の多い冬場でなければ漏れた箇所を早期に特定できたかもしれない。最初の被害者が出た時に病院や警察による検視で原因を特定できていればもっと早く対応がとれたかもしれない…、など様々な原因や要素が絡み合って重大な事故へと発展してしまったのだと思います。


ひとつの重大な出来事の背景には様々な要因があると言うのは、不二家の事件でも考えられるでしょう。

  • 食の安全に関する意識の低い経営陣
  • 実際に作業をする現場従業員のモラル
  • 期限切れ材料の処置を定めていないマニュアル
  • 市場による低価格化への圧力からきたコスト削減

会社の体質とか経営陣の責任と言ってしまえば簡単なのですが、こちらもきっと様々な要因が複雑に絡み合ってのあのような事件なのでしょう。


少し話が逸れてしまいましたが、確かにドイツ大会における日本代表選手はどこか未熟だったかもしれません。それは最後の最後までチームの戦い方がまとまらなかったことにもつながるでしょうし、敗因の一つでもあるでしょう。でも、それだけに敗因を求めてしまうのは危険だし問題の広がりに目を背ける行為にしか思えません。国が豊かで厳しさやハングリー精神に欠けるのが原因だと決め付けるのは簡単ですが、国が豊かでサッカーが強い国もあるでしょうし、国が貧しくてその上サッカーが弱い国もあるかもしれません。フィジカル(体格)的に日本人が劣っているのは事実でそれを敗因だと言うのは簡単ですが、体格が大きくてもサッカーが弱い国もあるし、体格が小さくても強い国もあるでしょう。


それぞれの要因の中で、『ドイツでの惨敗』に及ぼした影響の大きさは違うでしょう。私が思うにはサッカー協会会長の目的なき迷走が一番大きな問題点であると思いますが、それが全てではなく、現在の日本に合わない監督の問題や、選手に対する厳しい要求がないメディアやサポーターや、ドイツでの午後3時キックオフの試合が続いたことや、選手の中にベテランも若手もいなかったことや、そんな様々なことが大小絡み合った結果の惨敗だと思っています。
「敗因は監督がダメだった」として「監督が代わったから大丈夫」と単純に言えれば幸せなのですが、例えばオシム監督に対して3本線のメーカーと契約している選手やゲームのキャラクターの選手を優先的に使えとか、アウェイではなくホームでばかり親善試合をしろとか、勝てなくても楽しんでプレーすれば良いとか、そんな周囲が変わらなければ日本の再生は望めないでしょう。日本代表の強弱を決めるのは監督の能力やキャラクターだけではない。それと同じように選手の幼さだけでもない。


選手たちが宿舎で見せる態度は、訳者の方にはショックだったのでしょう。確かに物足りないものだったとは思います。でも、そこにだけに敗因を求めるのは簡単だけれども危険だと思います。「木を見て森を見ず」じゃないけれど、そんな選手たちだってほんの少しの化学変化があったら大爆発していたかもしれません。問題は日本という国が、サポーターが、メディアが、監督が、協会が、選手たちを大爆発させてやれる環境を用意できなかったことだと思っています。もちろん選手たち発で大爆発があっても良かったということは否定しません。でも、選手たちだけの問題ではない、そこは見間違えてはいけない部分だと思っています。