日本 - オマーン

helguera2008-06-02

日産スタジアムへ行ってきました。
平日夜の横浜開催ということでスタジアムに集まった人々は時間のやりくりが大変だったと思いますが、何とかキックオフ30分前にスタジアムに到着しました。いつ雨が降ってもおかしくないような空模様でしたが、何とか前半はもちました。が、後半から雨が降り始め、試合終了ごろにはかなり強い雨になり、スタジジアムからの帰り道は傘をさしていても膝から下がぐっしょりと濡れるほどの強い降りになりました。靴が濡れちゃって気持ち悪かったけれど、勝ち点3を取ったからまあいいか。


試合は気持ちの良い展開でしたから文句もありませんが、サッカー協会に苦言が一つ。試合前の国歌独唱はもう少し真面目に人選をしてもらえないものか。ウケ狙いならともかく、河村隆一氏の独唱は恥ずかしく気色の悪い国歌独唱でした。河村さんの歌が上手いか下手かではなく、これから決戦を戦うはずの試合前の国歌独唱にふさわしいとは思えないのです。あれならテープで伴奏だけを流す方がよっぽどマシです。協会の企画担当の方はよほど悪趣味な方なのでしょう。こういう言い方は嫌いだけれど、本当にセンスがない人選だと思います。


さて本番のサッカーの内容ですが、「先制されたらやばいな…」と思いながらキックオフをむかえましたが、開始から5分ぐらいを見たところで「このオマーンには点を取られそうな気がしない」と感じました。オマーンサイドがどのようなゲームプランで臨んできたのかはわかりませんが、ちょっと日本相手にはボールを前に運ぶことすら大変そうなオマーンの立ち上がりでした。
それに対する日本代表ですが、アウェイバーレーン戦のように妙に相手を警戒して受けて試合に入ってしまうわけでもなく、自分たちの強みであるテクニカルな中盤をベースに運動量のある玉田選手を使い、『攻めるぞ!』というメッセージの伝わるスタメンでした。そして、選手たちも吹っ切れたように思い切ってプレーをしている。見始めてすぐに、「この試合は大丈夫だな」と感じる日本代表でした。


先ほど吹っ切れたと表現しましたが、この日の日本代表のサッカーは先のキリンカップから比べても変わっていたように感じます。
まずはDFラインからのボールまわしが変わりましたね。DFラインでの横パスもパススピードがあるし、時に一人飛ばしてパスを出し大きく左右にオマーンを振る。横パスだけでなく何本かに1本は縦パスも織り交ぜ、ただその縦パスも前に振り向くための縦パスではなく、縦に入れてもすぐ横に落としたり、とにかくパススピードも早いし、次に動かすのも早い。また左右のサイドの使い方も、前が詰まっても無理やり攻撃を続けるのではなく、辛抱強く逆サイドまで再びボールを動かし、容易にはボールを失わないようにする。とにかくオマーンに対し守備のポイントを絞らせず、どこから攻撃を仕掛けてくるのかオマーンがじれて守備のバランスが崩れるまで辛抱強くパスをつなぐ。この攻撃を続けている限り、不用意にボールを失ってカウンターを受ける可能性も少ないでしょう。「何でこんなに変わったの?」と思うほどのボールまわしの変化でした。


また選手の動きが変わったように見えたのが、サイドの長友、駒野選手の動き方です。中盤の選手がサイドでボールを受けた時に、こちらの両選手も辛抱強く外側をまわって攻撃参加を繰り返していました。現在の監督になってからサイドで数的優位を作るための追い越す動きが非常に少なくなっていた印象でしたが、この試合では両サイドの長友、駒野選手のサボることのない追い越す動きが非常に目に付きました。そこからのクロスでも危険な攻撃を何度も仕掛けていましたので、キリンカップ以降の短期間での変化は素晴らしかった。
このような素早いボールの動きや人の動きは本当に辛抱強く続けられ、70分過ぎまでは非常に良い形で日本の攻守のバランスが高いレベルで保たれていたと思います。さすがに選手のスタミナの問題と選手交代などで試合終盤はバランスが少し崩れ、70分過ぎはオマーンの攻撃を受けるような場面もありましたが、それでもそこまでの日本代表の試合運びは見事なものだったと思います。


そして日本の得点場面ですが、試合開始直後から2トップはFWの玉田、大久保選手ではなく、実はセットプレー時の田中、中沢選手の裏2トップで得点を狙うのではないかと思っていましたが、本当に先制点は中沢選手の頭からでした。そして何よりも2点目の場面の田中選手のポストプレーですが、裏2トップではなくリアル1トップじゃないかというプレーでしたね。田中選手の1トップで玉田、大久保選手の2シャドーの方が確かに得点が取れそうな気がします(笑)。
そして試合を完全に決めた中村選手の右足の3点目など、見ていてまったく不安を感じさせない日本代表の試合運びでした。これで6月の予選4連戦を良い形でスタートさせることができました。次はすぐにアウェイオマーン戦が待っていますが、この状態が維持できれば心配は少なくて済みそうです。


最後に試合前に新横浜に到着した頃に元サッカー協会会長の長沼さんの逝去の報を聞きました。試合前に黙祷をささげ、選手は喪章を付けて戦っていましたが、少しだけ良い報告ができましたね。個人的にはネルシーニョの監督騒動の時に協会会長だったので協会会長としては悪印象しかありませんが、それでも日本サッカー界に多大な貢献をし、日本にワールドカップを持ってきてくれた方のひとりでもあります。長沼さんたちがいてくれたからこそ、6年前の6月には日本でワールドカップを見ることができました。2002年6月30日にワールドカップ決勝を見た同じ横浜国際競技場で訃報を聞くとは思いませんでしたが、謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。