DAY 2

朝早く目が覚めた。コンパートメントの中にいて他の人を起こしてしまっては申し訳ないので、通路にたたずんで外の景色を眺めていた。線路のすぐ脇に、運河か小川が流れていて、日本と違って護岸がコンクリート化されることなく自然のままで残されていてとても綺麗だった。
そうしているうちにトゥールーズ駅に着いた。朝7時ごろだった。


駅に着いて荷物を降ろしていると、警備の人間が日本の街中では絶対にお目にかからないようなマシンガンを手に警戒していることにまずは圧倒された。ワールドカップに来たんだと思った。
旅行会社の手配で駅のすぐ外のカフェで朝食をとることになっていた。駅には多数の日本人がいたが、カフェの隣の席でセルジオ越後さんが同じように朝食をとっていた。どうやら同じ夜行列車で来たらしい。駅前の広場では早速現地の人間と日本人でチケットを持っているかどうかのやり取りが始まっていたが、ここにはダフ屋はいないように思った。まだ朝が早いからか。


朝食をとるとバスに乗り込み、これからの行動の説明があった。このバスはこのまま本日の宿泊地まで行くので、バスの中に荷物を置いておいていいこと。一度ワールドカップ広場のようなところに向かうが、そこで解散して自主行動で各人がチケット確保に努めること。それでもチケットが手に入らなかったときには、もういちどこのワールドカップ広場に集まって来て、PVの大画面で一緒にテレビ観戦をすること。チケットが手に入らなかったときの再集合場所を取り決めて、各人が街に散っていった。が、朝早い街にそれほど人通りがあるわけではない。とにかく人がいないのだから、チケットを持っている人間やダフ屋などいるわけがない。それでも何人かで土手を歩いていると、朝のジョギングをしている人とすれ違う。誰かが話しかけてチケットについて聞くと、当人は持っていないが友人が持っているらしい。友人に電話をして聞くと譲ってくれると言う。こうして1人ゲット。しかし、幸運もそこまでだった。


それからは各人バラバラに街に散らばるが、同じ目的でうろついている日本人やアルゼンチン人は目に付くものの、チケットを持ってそうな人間がいない。たまに持っているダフ屋を見つけるが、値段を聞くと1万フラン(約20万円)と言われ、あっさり諦める。いくらなんでも、1試合で20万は出せないよ。まだ、もう1試合あるし。
さらに街中をうろついていると、ナインティナインがロケをしている現場に出くわす。どうやらゲームに勝った1人だけがスタジアムで試合を見られるらしい。普段なら収録を見守るところだが、今日ばかりはそんな余裕もなくすぐに立ち去る。他人(ナイナイ)のチケットの心配よりも、まずは自分のチケットを何とかしなくては。


しかし無常にも時間は流れ、チケット確保敗退者の再集合時間が迫ってきたので、ワールドカップイベント広場の方に戻ることにした。他の同じツアーの人と再会してPVを見るしかないのかなと諦めていると、旅行会社のスタッフが同じツアーの客に集合をかける。旅行会社がかきあつめたチケットがこのツアーにもまわされてきたが、全員分ではないにしろ枚数を確保できようだった。同じツアーの人間の中でこの時点で確保できていない人が25人ぐらいいたが、17,8枚確保できたらしい。しかし全員分ではないのでどうするか話し合いたいらしい。
まずは子供の参加者には優先的に割り当てることで合意した。学校がある時期にもかかわらず、少年が1人、高校生の女の子が2人、家族と一緒に参加していたので、その方たちに優先して配布。残りは各参加グループの代表者が出て、ジャンケンで決めることになった。チケットがまわってこないのは3組だけになる計算で、当たる人のほうが多いジャンケンだが、ジャンケン弱いんだよな。
案の定、負けた。


この敗退でかなり凹んで諦めたが、ここからのみんなの行動が早かった。現在チケットがないのが3組6人くらいだったが、チケットを確保した人間も含めて片っ端からこのイベント広場を歩いている現地人に声を掛けて、何と6枚を確保してしまった。こうして私が参加したツアーは全員がスタジアムで試合を見られることになった。この時点で、試合開始まで1時間を切っていた。


急いでイベント広場から川沿いの道をスタジアムへ向かう。みんな早足でもう少しで駆け出すんじゃないかというぐらい気持ちが浮かれていた。日本を経ってから、飛行機やバスや列車での移動の連続で、さらに半日トゥールーズの街中を歩き回ったというのに、その疲れがまったくないかのように体が宙に浮いているようだった。
途中でウルトラス主催のツアーが集合していて、聞こえてきた言葉は「スマン、全員分のチケットが手に入れられなかったから、今から中に入れる人間を決めたいと思う」というようなことが聞こえてきた。そうだよね、私も半日街を歩き回ったけど、そんなに簡単にチケットが手に入るものではないことは身に沁みて分かっている。全員がスタジアムに入れることがどれだけ幸運な出来事か良く分かる。


チケットを持っている人間しか通れないゲートを抜け、セキュリティチェックを通る。ここでもマシンガンを持った警備員がボディチェックや鞄の中身のチェックをするが、とにかく何をされても嬉しくてしょうがなくて笑顔しか出てこない。とにかく夢見心地だった。
スタジアムに入りコンコースを抜けて客席に上がる短い階段を登ると、ピッチ上ではすでに日本代表選手がアップをしていて、自分の席を見つけてから改めて湧いてきた実感。席はコーナーフラッグの延長線上の席だったけど、とにかく客席に入ったときのピッチの緑の”まぶしさ”が印象的だった。明るさだけではなく、この場所にいることをいかに夢見たことかというまぶしさや幸運。近くに日の丸のハチマキをしたフランス人の青年がいたことは良く覚えているけれど、それ以外のことはあまり覚えていない。終了間際に中西選手が相手DF2人の間を割って入ったドリブルが目の前だった。


試合は負けてしまったが、日本代表がワールドカップでアルゼンチンと戦っていて、その場に自分がいる、それで充分だった。試合が終わってバスに戻っても興奮はおさまらず、車内のテンションは高かった。宿泊先のボルドーに向かう高速道路のサービスエリアで夕食をとったが、フランスの片田舎のサービスエリアに青いユニフォームを身にまとった日本人が多数いる様子は、かなり普通じゃなかった気がする。ホテルにチェックインした時は疲れきっていて、倒れこむように寝てしまった。