韓国のゴルフ事情とか

昨日テレビのニュース番組でやっていたのですが、最近韓国人のアマチュアゴルファーの間で、日本にゴルフ旅行に行くことが流行っているようです。その背景としては韓国国内ではゴルフ場の絶対数が少ないので予約が取りにくいこと、そして料金が韓国では2万円前後なのに対し、日本では1万円前後であることが挙げられていました。
ちなみにその時に提示されたデータですが…

ゴルフ人口
韓国:300万人
日本:1200万人


ゴルフ場の数
韓国:180
日本:2400
(数字はうろ覚えです、でも桁はあってると思う)

このような状況を見て、福島県などは自治体として韓国人ゴルファーの誘致に取り組んでいるようです。韓国人観光客の誘致ではなく、完全にゴルファーにターゲーットを絞った活動をしていると自治体の担当者が答えていました。


また番組内で日本のゴルフ場でプレーをしている韓国人に対するインタビューもしていました。反日感情はありませんかという質問に対して、「日本に来るまでは少しあったけれど、日本に来たら街も綺麗だし、反日感情がなくなった」と答えていました。まあ、そもそもお金を払ってでも日本に来る人たちですから、本当に日本が嫌いなら来日していないわけで、そこで強いネガティブな答えが返ってくるはずはないのですが、それでもこの番組をを見ていくつか考えることがありました。


私は冬場はスノーボードもするのですが、北海道のリゾートスキー場の中には、国籍は分かりませんがアジアからのツアー客が非常に多いところもあります。今回のゴルファーの件や、九州地方への韓国からの多数の観光客の来日などもあわせ、このように一人一人が日本を訪れ、日本の生の姿に触れる機会を持った人が増えていって初めて両国の歴史が変わっていくのかなと思います。
嫌いなものが好きにはならないかもしれないけれど、少なくとも先入観や教育で嫌悪するのではなくて、自分の身で体験して判断していく。好きになることは難しいかもしれないけれど、理解する気持ちは生まれるかもしれない。歪んだ歴史認識や過去からの様々な軋轢はなくなることはないけれど、それを抱えた上で始まる時間とでも言うのでしょうか。国と国が理解をすることから始めるよりも、人と人が理解をすることがすべてのスタートではないのかと思います。


日本だって「鬼畜米英」と教育していた時代もあったわけで、でも実際に占領軍として来日したら特別に鬼畜ではなかったわけです。昨日まで憎しみを抱いていた相手をいきなり好きになることは難しいと思いますが、触れ合って体験する機会があれば好きにはならなくとも、理解や憧れが生まれることだってあるでしょう。アメリカの音楽が好きになったり、テレビドラマに憧れたり。
戦後60年が経って「鬼畜米英」と教育していた時代は遠い昔となりましたが、それでは現在の時代においてアメリカ人が好きかと聞かれれば100%好きとも答えられない。価値観や行動原理などに理解しがたい部分があることも事実です。それでも理解しようと思う気持ちもあるし、理解できないとしてもそれを踏まえて大人として対処していく時代になっていますよね。理解できないものを切り捨てるのではなくて、お互いの違いを認めたうえで付き合っていくこと。それが大人の対処なのだろうと思います。嫌いだから要らないと言ってるだけでは子供の喧嘩になってしまいますから。


嫌いなものが好きにはならないかもしれないけれど、理解しようという気持ちが生まれてくる。すべてが理解できるわけではないけれど、それでも理解する努力はする。そんな草の根の一人一人の意識が変わって、その意識が変わった人の人数が半分を超えた時に歴史的な認識の転換が起こるのではないかと思っています。
このような考え方は対韓国や対中国には当てはまるかもしれませんが、それでは対北朝鮮ではどうなんだろうと考えると難しい部分ではあるのですが、少なくとも絶望よりは希望を信じたいと思いますよ、私は。