サッカーの明暗

今週は世界各地でワールドカップ予選の試合が多数ありましたね。こちらでのエントリーは日本代表の親善試合の話が中心になりましたが、間を縫って何試合かはテレビで録画を見ることができました。ドイツ大会出場がかかったような大一番では、サッカーの楽しさより怖さの方がクローズアップされてしまいますね。勝って本大会出場を決めた選手たちの笑顔、サポーターの歓喜のすぐ横には、負けて出場を逃した国の選手たちの呆然とした表情や、言葉を失っているサポーターの顔。
出場を決めた国、プレーオフ進出を決めた国、予選敗退が決った国。サッカーの明暗がはっきりと分かれた1週間でした。


その中での感想ですが、やはりここ一番でプレッシャーのかかった試合での、経験あるベテランの底力は凄かったですね。フランス代表のキプロス戦で決定的なチャンスを外しまくるシセに対し、ワンチャンスを落ち着いて決めるジダン。強敵アルゼンチン代表を相手に得点してウルグアイプレーオフ進出を決めたレコバ。サッカー選手にとっての経験というのは、落ち着きとか余裕につながるのでしょうか。ここ一番でのベテラン選手の決定率の高さといったら驚きですね。
これらの試合の模様を見ながら、もし日本代表の予選での戦いが低迷して突破を決めていなかったら現在プレーオフを戦っているんだ、そんなことを考えてしまいました。その時にチームを立て直すカンフル剤として代表チームに呼び戻せるような日本のベテラン選手は誰だったんだろうとか。三浦カズ選手、中山選手、名波選手、藤田選手?そんな非常事態になった時に、チームの雰囲気を変えられる選手はいたのだろうか、そんなことが頭をよぎります。まあ、幸いにも日本はアジア5位決定戦のプレーオフには進出しなくて済んだのですが。


そのアジア5位決定戦では、やはりサッカーの明暗が分かれてしまいましたね。日本の審判の誤審により3−0の勝利を訴えた挙句、1−0の勝利を取り消されたウズベキスタンが、こともあろうに再試合で1−1でバーレーンと引き分けてしまい、さらにホームでの第二戦も0−0の引分けで、結果次に進んだのはバーレーンという、幻の勝利を挙げていたウズベキスタンにとっては悔やんでも悔やみきれない結果になってしまいました。
でも、このウズベキスタンの予選敗退は日本人審判の誤審のせいだったんでしょうか。確かに一面では審判の誤審が予選という大切な試合の勝敗を左右してしまった。しかし、ウズベキスタンから見たら、再試合になったとしても2連勝する可能性もあったわけです。しかし結果は2試合とも引き分けてしまった。これはウズベキスタンのせいでもあります。
一方のバーレーンが次のプレーオフに進めたのは審判の誤審のおかげでしょうか。確かに再試合で救われた部分もありますが、後に行われた2試合の中でアウェイゴールをあげたのはバーレーンの力です。


サッカーの試合の中で誤審や不可解な判定や微妙な判定に泣くこともあれば笑うこともある。前にも書きましたが、そんな不条理も含めてサッカーだと思っています。審判の判定で負ける試合もあれば、勝つ試合もある。そんな不条理の多いサッカーの試合の中で、負けたのは審判のせいで勝ったのは自分たちのおかげと考えるのも悪くはない。自分の中の精神的なバランスを保つためには、敗戦の責任は他者のせいにして、勝利の原因は自分たちの力としたほうが良いとは思います。でも、それでは前に進まない。
ロスタイムに点を取られて負けることもあれば、ロスタイムに点を取って勝つ試合もある。負けたときは運が悪くて、勝ったときは最後まであきらめずに攻撃した自分たちの頑張りだった、そう思いたい気持ちも分かる。オウンゴールで負ける試合もあれば、勝つ試合もある。負けた試合は運が悪くて、勝った試合は自分たちがプレッシャーをかけたおかげだ。それも分かる。でも、不運も幸運もすべてコインの表裏だと思うので、どんな結果が出ても他者のせいにするのではなく、自分たちの出来事として受け入れないと前には進めないと思っています。


今回のプレーオフで負けたウズベキスタンが、誤審が原因で負けたと思い込んで自分たちを納得させているかどうかは分かりません。でも、もし万が一、全てを審判のせいにしてこのアジア5位決定戦をなかったことにして消し去ってしまっていたら、ウズベキスタンのサッカーは前に進めない。サッカーの不条理を受け入れず、他者の責任にして停滞している間も、世界のサッカーの時計は時を刻んでいて、サッカーのカレンダーは進んでいく。今回の2試合を勝てなかった原因を分析・反省して、自分たちのサッカーを改善しないと次の予選にはつながらない。
勝った試合に”勝った、嬉しい”と喜んでいるだけでは、負けた試合に”負けた、悔しい”と落ち込んでいるだけでは、その国のサッカーの時計は進まない。


サッカーに明暗はつきものだし、サッカーには不条理な結果もつきものでしょう。それを受け入れて、受け止めて、感情的な部分と冷静に分析する部分を上手く切り離して、勝った試合も負けた試合も、うまくいった試合もそうでなかった試合も次に生かす。
今回の予選で負けてしまった国が、気持ちを切り替えるのは簡単な事ではないと思います。自分だってたかが観客なのに、ドーハの夜はテレビの前で呆然としていました。あんなことが起こるのかと思った。でもそれを全て不運のせいにしていたり、審判のせいにしていたら前には進めない。何かが足りないから出られなかったと思うようにしました。負けた試合なら、勝敗を分けた一瞬以外にも、きっと原因がある。勝った試合にだって同じことは言える。不運を嘆くだけでなく、審判をなじるだけでなく、いつもどこかで冷静な目でサッカーを見つめていきたいです。もちろん試合中は限りなく感情的になってますけどね。