2005年を振り返る サッカー編

早いもので今年も残すところあと一日半です。年末のこの時期になると各種メディアで今年の10大ニュースという話題が多くなりますが、10個だと大変なので5個くらいを振り返ってみたいと思います。なお、どれもこれも重大ニュースなので、ランキングはなしです。


まずは入れ替え戦で初めてJ2のチームが勝ったこと。
J1の下位チームとJ2の上位チームの力の差はそんなにないと思っていましたから、J2のチームが勝ったことだけでは驚きませんが、その勝ち方が衝撃的でした。第一戦の勝利はまだしも、アウェイとなった第二戦のバレー選手の6得点は衝撃的でした。J2大宮時代に苦労しているバレー選手を見ているだけに、『あの選手がここまで化けたか』という感慨とともに、崩壊していく柏というJ1チームの悲しさも見る思いでした。当日は天皇杯を見るために日本平に行っていたので、携帯の速報画面で試合を追っていたのですが、得点経過にも衝撃を受けましたが、甲府の得点者がすべてバレー選手の文字が並んでいる画面にも衝撃を受けました。数年前にはJ2でも下位に沈んでいて、クラブ存続すら危ぶまれていた甲府が、ここまでチームを立て直してきたことは素晴らしいと思います。
甲府サポの皆様、J1昇格おめでとうございます。


次はナビスコ杯での千葉の初優勝。
ナビスコでは応援しているチームが予選リーグで早々に敗退してしまったこともあり、準決勝からは千葉について3試合をスタジアムで観戦しました。駒場の試合でのハンド疑惑などもありましたが、浦和と千葉のクラブ年間予算を考えれば、イーブンの試合なら千葉に勝って欲しいという感情が芽生えてしまうのは否定できませんでした。千葉も数年前までは残留争いの常連だった時代もありましたが、指導者を注意深く連れてくるクラブフロントの先見の明に支えられて、オシム監督という素晴らしい監督に恵まれ、見事にチームを強化してきた結果としてのナビスコカップ優勝。カップ戦というのは、ある程度勢いのあるチームに優位になってしまうことも有りますが、ナビスコ杯という半年に渡る長期のカップ戦を千葉が勝ち抜いたのは決して勢いだけではないと思っています。
千葉サポの皆様、ナビスコ優勝おめでとうございます。


次にJ1リーグ戦でのガンバ大阪の初優勝。
ガンバ大阪の初優勝がニュースと言うよりも、最終節までもつれた優勝争いの中で5チームに優勝の可能性があって、試合終了間際までセレッソ大阪が優勝に一番近いところにいて、ロスタイムに入るかどうかという時間帯でのまさかの同点ゴール。最終節のロスタイムのラスト数分で優勝の行方が入れ替わるという劇的なリーグ制覇でしたね。
シーズンを振り返ってみれば、前半独走した鹿島が途中失速して、その後に入れ替わったガンバ大阪が最後に調子は落としましたが粘りきったという、初めての1シーズン制を象徴するような熾烈な優勝争いでした。各クラブが頑張ったのか、図抜けたビッグクラブがないからなのかは見方によると思いますが、傍観者として見ている分にはとても面白い優勝争いでした。
ガンバ大阪サポの皆様、リーグ優勝おめでとうございます。


今度は日本代表のワールドカップ出場決定。
ジーコ監督のもとで予選を戦ってきた日本代表ですが、各試合の試合内容を見ると一次予選から最終予選を通じてヨタヨタよろよろしてきた感のあることは否めない日本代表でした。しかし、終わってみれば結果は12試合で11勝1敗という文句のつけようのない結果でした。しかし、この結果ほど圧勝したという印象を受けなかったのは、アジアの力がじりじりと上がってきたのか、それとも日本代表が停滞しているのか。「ワールドカップ予選は厳しい。何が起こるか分からない」というエクスキューズをよく聞きますが、世界各地のワールドカップ予選を見ていると、アジア予選が厳しいとは決して思えないのです。日本が優秀な監督を用意して、きちんとチーム作りを行えば、例えスケジュールの関係で国内組中心の代表チームになってしまったとしてもアジア予選はもっときちんと勝てると思うし、各クラブの外国人補強のように海外組を当てはめれば最終予選でも戦えるのではないかと思ってしまいます。
最終予選のレギュレーションが4カ国のうち2カ国出場という大変甘いものでしたが、4グループに分かれて1位のみ出場というようなアフリカ方式の予選スタイルだったらどうなっていたことか。まあ、ぼやこうが嘆こうが本大会には出場できたわけですから今となってはどうでもいいのかもしれませんが、この国の代表強化のあり方に一抹の不安を感じてしまいます。
それでも何でも日本代表サポの皆様、ドイツ大会出場決定おめでとうございます。


さて、最後は当然この話題。ヴェルディのJ2降格。
読売時代からのファンだった私にとっては、何ともショックなJ2降格ですが、ここ数年の迷走状態を考えれば当然の結果なのでしょう。J開幕当時は読売クラブ時代の遺産で暮らしていけましたが、開幕から数年間が経過する中で他の各クラブが地域密着を図ったり、監督選びで特色を出したりしている中で、クラブ経営の努力をほとんどしてこなかった(ように見えてしまう)クラブの当然の結果なのかなと思っています。
元旦の天皇杯の優勝という歓喜から始まった2005年のヴェルディでしたが、リーグ戦が開幕する中で勝てない時期が続き、コンフェデの中断再開以降の7月の大量失点による大敗。ナビスコ杯も予選リーグ敗退ですし、天皇杯も初戦敗退。監督交代もわずかなカンフル剤にしかならず、効果的な補強も一切なされなかった。8月の中断時期には同じような順位にいた大分がシャムスカ監督という優秀な監督を連れてきてあっという間に降格圏を脱出して行ったことを思えば、選手とクラブフロントの責任の重さは同じだと思います。選手が落としたとも言えますが、何もできなかったクラブフロントが落としたと言ってもいいでしょう。


まあ、終わってしまったことはしょうがない。ピンチをチャンスにして、今回の降格を機に今まで改革できなかった部分を大きく改革するチャンスでもあるわけです。幸いにも読売クラブアイデンティティの塊でもあるようなラモス監督の就任も決まった東京ヴェルディですから、来年こそは今後10年をどのようなクラブとしてサポーターの心を掴んでいくのか、基礎を作る年にして欲しいと切に願います。



皆様にとって、2005年はどのような年だったのでしょうか。良いことが多かった方には来年もより良いことがあるように、悪いことの多かった方には来年こそ良いことがたくさんありますように。
私ですか、何だかんだ言っても願いは一つですよ、ヴェルディのJ1昇格。これが叶うといいなぁ。