現時点での代表監督に対する想い

昨日に書いたエントリーに対してコメントをいただき、ありがとうございました。最近は少し考えるところがあってコメント欄で何かお返事を書くのを控えておりますが、皆様のお書きいただいているコメントはありがたく読ませていただいておりますし、皆様のコメントからいろいろと考えることも多いです。触発されてということでもありませんが、このタイミングに意味はないけれど今現在の代表監督に対する想いなどを少し書いてみたいと想います。


監督選びの不透明さ(監督未経験者をいきなり代表監督に据えること)から始まって、アジア予選での不甲斐ない戦いから「この監督のままでは日本代表は強くならない」と思い、監督交代を希望しました。結果的にはアジア予選も突破し、東欧遠征やコンフェデでの希望が見える戦いもありました。アジアカップは見事優勝を果たしましたが、東アジア選手権での不甲斐ない戦いやコンフェデ2大会連続GL敗退など、何とも言い難い経過で本大会を迎えてしまいました。
どんな監督であっても日本代表には頑張って欲しいし、本大会で結果を残して欲しい。仮に3敗で終わったとしても、「だから言ったじゃないか」という気持ちよりも、代表が負けてしまった残念さや悔しさの方が大きく、複雑な思いはサッカー協会に向かうのだろうと思います。


今となっては監督交代とかを考えることがないというか、どうも監督の存在を素通りして日本代表を考えるようになってしまっています。選手を選びピッチ上に配置するのは監督ですが、そこから先の細かい詰めは選手任せ。何もしていないとは言わないけれど、大枠を決めてあとは放任。選手はその縛りの中でできるだけのことをするしかない。
例えば左サイドバックの選択にしても、攻撃に特徴のある三都主選手を置くことは決めても、その中でどのように守備をするかは選手に委ねられています。結局のところ、どんな形であれ日本代表には頑張ってもらうしかないし、頑張って欲しい。ただ、どのような結果に終わったとしても協会の方々にはこの4年間のきちんとした総括をお願いしたいものです。


今現在で代表23人枠の想像もかなりつくし、そのメンバーで表現できる最高のサッカーと最低のサッカーの想像もついてしまいそうなので、本大会でどのようなサッカーを見せてくれるかというワクワク感よりも、とにかく選手たちには頑張って欲しいという気持ちが大きいです。この4年間のどこかで監督に対する想いというのがなくなってしまったなぁ、というのが正直な今の気持ちでしょうか。
それが良いことなのか悪いことなのかは、よく分からないのですけれど。



以下追記します。

コメント欄にての多数のご意見、ありがとうございます。
サッカーには様々な見方があって、サッカーに対し様々な価値観や哲学があると思います。「ジーコ監督に否定的」とか「偉人を…」というよりは、「もっと別の方法があるんじゃないか」という気持ちが強いです。ただ、別の方法を探して何とかなる時期はとうの昔に過ぎてしまったと思うので、今は選手だけを見守るというのが正直な心境です。


これはあくまで一例ですが、三都主選手がいる中で守備のバランスを探すのは選手にもできるかもしれませんが、三都主選手以外の選手を起用して守備のバランスを探すのは監督にしかできないことです。特に三都主選手だけの議論ではなく、他のポジションについても様々な選択肢の中からチームのバランスを取ることであったり、前から守備したい選手と後ろに引いて守りたい選手の意見の相違の中でチームのバランスを取る、決定することが監督の大きな仕事だと思うのですが、その部分で物足りなく感じています。ただ、今さらそれについて監督への文句を並べ立ててもどうにかなる時期は過ぎてしまったので、監督論を素通りして選手だけを見ている、そんな感じです。